発泡スチロール容器が築地市場でも見られるようになったのは、昭和40年代後半にはいってからです。もともとは、ドイツで開発された技術で、それが日本に輸入されたものです。魚箱といえばほとんどが木箱で、近海物のアジ、サバ、スルメイカなどの木樽、以西底引きや遠海の魚は、15キロは入るいわゆる「トロ箱」が主力でした。
その後、プラスチックの樽や箱も通い容器として用いられたが、ある日突然、遠海物のセリ場が発泡スチロールの白一色に変わり、隔世の感を覚えたことと記憶しています。
それは昭和50年代に入って間もなくの頃で、石油ショックを契機に、原料が石油であるはずの発泡容器が逆に急増をみせ始めるのです。だから、逆算して昭和45年頃には、ボツボツ出回り始めたといっていいでしょう。

ところが発泡スチロール容器が鮮魚容器として認知される以前に、丸干しやアジの開き(四十物)などの加工魚箱として脚光を浴びていたことは意外に知られていませんでした。

それは、1966年頃のことです。

この先は、次回、魚の容器Ⅲでお話しさせていただきます。

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