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ボラ(2013年10月)

 

鰡飛んでみなとみらいを廻り行く   伊栄井

 

八月末の休日前日、友人と桜木町で待ち合わせて港の見える丘公園から山下公園・氷川丸の場所まで1万4000歩の散歩をしました。高校のクラス会を久しぶりに横浜でということの下見で、氷川丸の見えるところから、水上バスで横浜駅まで遊覧した際の吟行句です。岸を離れて間もなく、目の前を魚が飛ぶのです。

大きさで鯔とすぐに判るのですが、飛魚かと思わせる位、飛ぶのもいました。日が傾きかけて赤らんだ海面に、鯔が飛ぶ光景を、10月23日に予定しているクラス会で皆に見せられるかな?

鯔は俳句歳時記では秋の季語です。「寒鰤・寒鯔・寒鰈」と呼ぶように旬は冬で、出世魚としても知られた魚です。

関東地方のごく一般的な呼名で、春に暖かな海で孵化した稚魚が塩分の少ない河口や内湾に達した頃、3cm以下の幼魚をハク、川を上り始めます。大きくなるに従って、オボコ、スバシリ、イナッコなど呼ばれるようになり、秋に20cmに成長するとイナと名を変えて川を下り始めます。汽水域に慣れて内湾の深場に入る頃ボラの名が付きます。

ここでの生活が2、3年続くと外洋に出て産卵し、陸地近くには戻らなくなります。4歳魚にもなると50cmの魚になり「とどのつまり」とトドになります。この説明でもおわかりの通り、都市近郊の内湾で獲れた鯔は泥や油のにおいが強い場合があり、そのイメージから東京の市場にあまり入荷しません。それにひきかえ外洋の鯔は旨いですよ。新鮮なものは刺身で、生姜醤油や辛子酢味噌がよく合います。寒鯔を鯛の代わりに寿司種に使うと言われるくらい美味です。

この鯔、日本では北海道以南に棲むスズキ目ボラ科の魚で、特に関東から西に多く、食域の広さも関東とは比べようのない位の話を耳にします。その外、古い資料によりますと神話に登場する程、昔から食べられていた魚であるとか、江戸の産土神として神田明神へ祀った話等は後日に回して「カラスミ」と「鯔のヘソ」の話をしてこの稿を終えることとします。

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寒ブリ・寒ボラ・寒カレイ(2012年12月)

寒鰤、寒鯔・寒鰈

 

寒鰤、寒鯔・寒鰈という言葉をよく耳にします。冬の旬の魚を並べたことわざで、何も冬に旨いのはこの三種に限ったものでもなく、粗方の魚は寒い時は身が締まり、春の産卵期をひかえて食欲が旺盛になり、脂肪がのって味がよくなります。この俗言、語呂合わせぐらいに考えてもよさそうですが、この寒鰤に関しては文句の付けようのない逸品です。特に富山湾の「能登ぶり」と呼ばれる寒鰤は、日本一と言っても過言ではありません。

鰤はワカシ・イナダ・ワラサ・ブリ(関東では)と成長するにしたがって名前の変わる出世魚の代表的な存在で、縁起のよい魚としても知られ、流通の段階でも値段が出世する魚でありました。昔、浜で獲れた鰤一本が、米一斗(約15kg)に変わったので「一斗ぶり」と言われたようです。遠くへ届くにつれて、二斗、三斗と上に「一俵(四斗)ぶり」まで出世したそうです。天井知らずの浜鰤の相場は、私の記憶では、新湊で一本38万円と覚えています。

「鰤起し」という言葉があります。冬の俳句の季語で、鰤が定置網に掛かる頃に鳴る雷は、寒冷前線が通過すると発生し「雷が鳴ると鰤が揚がる」と北陸の漁師も、相模の漁師にも言い習わしがあり、昔、箱根に雪が降ると必ず相模湾に鰤が大漁だったことを思い出します。この鰤を築地に運ぶのに鰤を入れる箱が間に合わず、身出しのまゝトラックに積まれてきてせり場に並べられた光景は、それは見事なものでした。

出世魚である鰤は縁起魚でもあります。木曽川を境にして北東部では鮭、南西部では鰤を正月魚・年取り魚をよんで新年を迎える肴として賞味していたようです。塩鰤の切身や、鮭の卵をお雑煮に入れる地方や家庭がある話を聞くと、何度か関西のお雑煮を食べ、殆どの正月を東京で迎えた私には、お雑煮の話を書く資格がありません。ちなみに私の家の雑煮は鰹節を昆布の出汁のお汁に、切餅とわずかばかりの小松菜だけです。

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