東京湾今昔

丁度、6年前の話です。平成16年末の事、いつもの様に中央魚類の特種セリ場で、大分の釣り鯵を仕入れ、店で小分けして売っていくうちに、発泡スチロールの箱の底が見えてきますと、見かけぬ魚が1匹入っているではありませんか。鯵の大きさが体長20㎝くらいで揃っているなかで、体長12㎝位の魚が1匹混じっていると目立ちます。「や、キスかな」、手にとって見ると「アオギス」でした。昭和30年代、魚市場へ入った頃、見かけた記憶があるかぎりで、以来50年近く目にしたことがなかったので、その時の興奮は今でもはっきり覚えています。現在、おさかなセンター資料館で標本になっています。私たちが普段食べているキスはシロギスという種類で、体は金色に光り、上品な軽い味の夏の魚で、刺身・寿司種・塩焼き・フライ・天ぷら・椀種等、何にしても旨い魚です。今回の話題のアオギスは、その名の通り青みがかった灰色の体色で、体型はシロギスに似て体長1尺5寸にもなる魚です。共に神経質な魚で、特にアオギスは船影や物音に敏感で、警戒心も大変強い魚の様です。

昭和51年には東京湾から姿を消したアオギスが、大分県・豊前海から築地に一尾届けられました。宇佐市、長州の荷主さんにどのような意図があったのか定かではありませんが、釣り鯵に混じって、アオギスが一尾、築地に来ました。唯々荷主さんに感謝しています。豊前海といいますと大分県、国東半島の北側、瀬戸内海の西部にある大きな干潟をもった海で、日本でも数少ないアオギスの生息地です。「絶滅危惧種」の一つに挙げられ、絶滅寸前のアオギス一尾がもたらす「物語り」の発端は今、正に始まろうとしているはずです。東京湾で異変が起きているのです。

東京湾は江戸前の食材を提供してくれる豊かな海として、現在も多くの漁業が行われていますが、近年、内湾における漁業生産が不安定になり、アサリ等も青潮の影響などで生産量が激減しています。このような中、近年、東京湾では外来種であるホンビノスガイが繁殖し、漁業として利用され始めていることから、新たな貝類資源として紹介されています。

ホンビノスガイは、マルスダレガイ目マルスダレガイ科(アサリ、ハマグリなど主な食用となる貝の仲間)に属する二枚貝で、砂や泥の中に生息しています。殻長は最大で10㎝以上になる貝で、厚く硬い殻を持っています。原産地は北アメリカ、大西洋で、北米大陸東海岸のほぼ全域に分布しており、北ロードアイランド州では「州の貝」に認定されています。東京湾へは、タンカー等のバラスト水に混じり侵入し、1990年代中ごろ稚貝が発見され、東京湾でのみ増殖・分布されています。北米では、クラムチャウダー等として利用され、重要な食用貝となっています。